まにあってよかった

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2014.08.27 Wednesday ... - / -
#ある詩人の印象
なにかとても大きくて重くて丸みを帯びたもの、そう、たとえば浅間山荘で機動隊が使ったモンケーンのような、よくもまあこんなもの、といった性質の事象によって、不意に、あるいは、いずれは、という前触れがあったのかもしれないが、頭の、おそらく後頭部あたりを強打され、状況からいってもう駄目だ、この場合の「駄目だ」は、まさしく死を意味しており、「死」という言葉の前に「駄目だ」と思った時点で、このときすでに生からは最も遠い場所に運ばれていたはずなのだが、当たり所がよかったのか、相性がよかったのか、意識を無くすこともなく、血を流すこともなく、ただ打たれた、という痛いのか恥ずかしいのかわからない、永遠の未成年のような感情に貫かれながら、いつまでもその場に立ちすくしている、そのような性質の人間が生まれ、ただ、あとから冷静に考えてみれば、それは生まれたのではなく産んだのだと気づくことになるのだが、われわれとしては、人間なのだから人間から生まれたのだと考えるよりほかなく、果たして人間がこれほどの打撃を後頭部に受けて、平然としていられるものなのか、まずは心配してみせるのが礼儀というものなのだが、本人はいたって無傷で、反対に、君たちの心的外傷は大丈夫か、などと心配してみせるので、心配されると何だか不安になってしまうわれわれとしては、これからさき、何かにつけて心のご機嫌を伺いながら暮らしていくことになるのだが、われわれが心に翻弄されて忙しいとき、本人は重たい後遺症に悩み始め、痛みを伴いはしないが、あの一撃によって頭内部の、どこが、何が、壊れなかったのか、それを知りたくて今度こそ、頭を砕いてしまいたいという欲求にさいなまれ、危険な行動に出たこともあったが、そのころには本人にも、周囲から付与された破壊しがたい人格もあり、穏当で合理的な方法をとるしかなく、その方法とは、破壊されたものを内部から少しずつ取り出していけば、結果的に、破壊されなかったものが残るのではないか、というシンプルなものだったが、そのシンプルさにも関わらず、予想外に長い時間がかかり、その作業はいまだに終わる気配を見せないので、われわれとしては、おそらく壊れなかったものなど最初から無かったのであり、あのとき既に全てが壊れていたにちがいないと見ているのだが、全てが壊れていたのなら、あのとき死んでいたはずなのだから、そうするとやはり、産んだのだ、あのとき産んだのだ、とわれわれは今度こそ、本当に不安になるのだ。

2007.10.24 Wednesday ... comments(0) / trackbacks(0)
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2014.08.27 Wednesday ... - / -
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