まにあってよかった

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2014.08.27 Wednesday ... - / -
#久しぶりの更新です。
文学極道7月の選考がやっと終わりました。いつも遅くなってしまい、他のスタッフの方に迷惑をかけてしまい、申し訳なく思っています。今に始まったことではありませんが、詩を読んで評価するというのは、とても難しいことですね。良い詩とは何か? 
ずいぶん前ですが、文学極道の「コラム」に載せて頂いた僕の文章の中に、「良い詩を読むと心が痛いと感じる」と書いてあります。その気持ちは今でも変わらずあるのですが、今日、そんな詩に出会ったので紹介します。はんなさんの「詩織」というブログで紹介されていた、そらしといろさんの「大学四年生」という詩です。→
http://hannah5.exblog.jp/22319811/

昨夜、母が私の茶碗を欠いたので」という些細なことをきっかけにして衝き動かされる、女子学生の心情が描かれていきます。一見、不安定でナイーブな雰囲気を醸しながら、僕は、この詩からはある種の逞しさを感じてしまいます。「大学」と書かずに「女子大学」と書き、「あなた」と書かずに「貴女」と書く、このような「女」という字の確信犯的な使い方は、警戒しなければなりません。つまり作者は、「てめーら、”逸脱する女子大生の危うく揺れるニチジョー感覚”なんてつまんないな感想なんぞ死んでもほざくんじゃねーぞ」とやんわり釘を刺しているいるわけです。こうして、「女」を強調するフリをしつつ廃棄してしまうことで、この詩は、「女性が書いた詩」という領域からフワリと浮遊しているように感じるのです。たとえば太宰治の『女生徒』は「男から見た女」の見事な典型ですが、「茶碗の縁に口を付けたくなったので、」というよくわからない理由で卵かけご飯をエネルギッシュに作り始めるこの詩の人物は、もはや何かの典型という枠には収まりきらず、なんだか奇妙な人間が生きている、でも、なんか解る、という「あるある感」と共に、私たちの前に存在します。それを共感と呼んでいいのか、発見と読んでいいのか、なんとも不思議な気持ちなのですが、「心が痛い」と僕が感じるのは、食卓に用意された一人分の冷めた朝食、というありふれた風景を見事に変容させていく展開に、想像を超える意外さがあるからだと思います。
2014.08.23 Saturday ... comments(2) / -
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2014.08.27 Wednesday ... - / -
#Comment








はんなさん、お久しぶりです。勝手に引用してしまって、申し訳ありません。とても良い詩だと思ったので、思わず感想が書きたくなりました。最近、僕自身は、なかなか詩が書けないのですが、良い詩を読むと、やはり、詩を書きたくなります。はんなさん、訪問、ありがとうございまいした。
| りす | 2014/10/26 6:18 PM |
りすさん、お久しぶりです。詩織が引用されていたので、ちょっとびっくりしました。りすさんの評、なかなか鋭いですね。そう、そらしさんの詩は性別を逸脱したところがあります。男性、女性と区別できないものをもっているからなのかもしれませんね。
| はんな | 2014/09/16 4:12 PM |
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